自立するということ

子供はある一定の時期まで、母親と自分との区別がない。徐々に自分を認識していき、イヤイヤ期、反抗期を経て、親の要求を振り払うことを覚えていく。親にとっては、手がかかる時期になり、親自身も子供が自分自身に思い通りにならないことを学んでいくことになる。

このような作業は、分離ー固体化とも呼ばれる。そして、親と自分との違いを分けるものが自他境界線である。この自他境界線を巡って、様々な問題が生じうる。思い通りにならない子供をしつけることが行きすぎて虐待化するケースもあるが、親側の空虚感や心の傷が過干渉や過度な甘やかしを生んでしまうことがある。親から突き放されたり、保護してもらえなかった記憶は痛ましく、自分の子にはそうしまいと願うことは間違いではない。自分の果たせなかった夢を子に託して、塾に通わせたり、習い事をさせることも、親の愛としてはあり得ることだ。

期待して、子供がその通りにならない時、大なり小なり失望したり、怒りを覚えることはあるだろう。親側の空虚感が強く、この状態が受け入れがく感られると、期待通りにならないと、世話をやめたり、身を引いたりすることがある。このような経験が幼少期から連続していると、子供は自立することをどこか後ろめたく感じたり、親の自己愛を満たす行動を選ぶようになる。しかしながら、人は基本的に自立したいという欲求がある。今まで親に合わせてきた怒りに気づいた時に、様々な問題が起こる。摂食障害、引きこもり、家庭内暴力、強迫性障害などは、思春期に起こりやすい問題である。

こう書くと、親を責めているように思えるかもしれない。実際、自責の念に駆られて、親が子供に服従してしまうケースがある。子が親を体力的にしのぐ頃に、支配関係が生まれやすくなる。一旦手に入れた支配力は、束の間の優越感をもたらしてくれる。ところが、家庭の外に出るとそうはいかない。思春期の葛藤が成人期まで持ち越す理由のひとつがこれだと言える。つまり、親が自分自身を責めることで、問題は解決しないということだ。

親も人間であり、そうせざるを得なかった悲しい過去があったりする。だからこそ、子供に全てを託し、子供に依存しなくてはならなかったのだ。だから、自分の良いところも、悪いところも、一旦許すと決断し、子供に頼らずに、自分自身の人生を見出す必要がある。子供に期待すると、それはいいようもないプレッシャーやコントロールされている感覚になり、問題は返って悪化する。逆に、親が自分の人生を生き、喜んでいると、家庭内の緊張が緩くなり、これまで維持されていた状態が緩和されていく。

昨今、強迫性障害の相談を多く受けているが、家族が変わることで症状が改善する事例を多く見ている。コロナで密にならざるを得なくなった家族には、様々な葛藤が生じやすくなっている。この機会に、自分自身を見つめ直してみるとよいのではないだろうか?

文章;新明一星

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