没頭は不安や虚無感からの回避?

私は、物事を始めるのに時間がかかる方なのだが、一旦始めてしまうと中毒のように没頭することがよくある。あまり度が過ぎると、疲れるし、他のことが手につかなくなる。ADHDの過集中とも言えるかもしれないが、自分としては違った見解を持っている。

臨床で患者さんの話を聞いている時も、自分自身についても、没頭することは触れたくない感覚からの防衛なのではないかと感じることがある。自分自身に満足できない、常に新しいことをしていなくてはいけない、特別でなくてはいけない、でも、自分にはそれがないと思うと、慢性的に焦燥感に苛まれているのだ。それが当たり前すぎて、焦燥感という自覚がない。

もちろん、没頭して、フローに入り(苦なく集中し、成果を出せる状態)、良いこともたくさんあるのだが、疾走した後に、どこに向かっているか分からなくなる。そんな時は、一旦止まっていて、自分の感情を感じてみる必要がある。没頭や繰り返しの行動には、感情制御力がある。強迫性障害、摂食障害、依存症、嗜癖障害など、没頭という楽園に逃れると、現実を見ずにすむ。

実際に自分の内面を見ていくと、先延ばしにしていることや、孤立している時には不安が強くなりやすいし、自分や他人への感謝を忘れて、理想ばかりを追求すると虚無感に苛まれることが多い。自分が自分であって良いと思えない人も、没頭にはまり込み、向上心中毒になり、いつの間にか行き先が見えなくなりやすい。

長きにわたり、マインドフルネスの理解が深まらず、距離を取っていたが、いったん立ち止まって目を閉じてみると、実に様々な「感覚」が自分の行動を支配していることがわかる。というわけで、私は時々立ち止まって、「目を閉じる」ことにしている。

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