成人に持ち越した思春期

愛着・心理発達

一時期、かなりの高頻度でブログを更新していたが、HPの移行で消失してしまい意気消沈していた。2021年を迎え、改めて書くことの重要性を認識したこともあり、気持ちを新たにブログを再開してみたい。

心理療法を行なっていることから、感情に関する相談に多く対応している。とはいっても、自分は怒りがある、悲しみがあると認識している人もいれば、人間関係がうまくいかない、精神疾患がなかなか改善しないという事情の背景に、解決していない感情問題があることもしばしばである。

心理相談で多いのは、長期間にわたって強い感情(怒り、悲哀感、虚無感など)がある、または突然に感情が沸き起こり戸惑う、人間関係に支障を来す(衝突する、感情を抑えることが辛い)ということだろう。感情には2つの役割がある。一つは防衛的側面で、安全、存在意義、役割などが他者に侵害される際に沸き起こる。もう一つは、道具的側面である。怒りは他者を制する力であり、自己主張、自己防衛を行う際に必要となる。

個人的に思うことは、感情制御を学ぶのは思春期だということだ。共感され、人に頼ることができた人は感情が安定していると言われるが、これは幼少期の愛着関係に起因する。思春期は、自己主張と親、社会との対立が生じるのが通常である。親の価値観に適応することで保証されていた安全から抜け出し、自分で選択することを要求したくなるのが思春期だ。ここで重要なことは、自己主張をすることと、他者の意見を融合することである。自分を守りながら、他者とも折り合って生きていく高度な感情調整は、思春期の経験を経て達成される。

ここで重要なことは、思春期を通過するには向き合ってくれる大人が必要だということだ。ポイントは向き合うことで、受け入れることだけではないというところだ。受け入れるだけでは、自己主張しか身につかない。思春期になると、親子の役割が逆転し、親が向き合えないパターンがある。子供は自己主張と共に怒りを親に表出するようにもなる。学童期はしつけや先回りでコントロールできた子供が、押さえつけてきた怒りを強く出すようになることがある。その怒りが出せないと、心理的な葛藤が生じ、場合によっては精神疾患となって表現されることもある。強迫性障害や摂食障害は、このような点を考慮して治療に臨むことが多い。

幸せの定義はさまざまだろうが、自分を大事にできる、人も大事にできる、そうすることで過度な緊張が生じない人生(完璧はありえないが)が幸せなのだと思う。思春期に主張と妥協の練習ができた人は、とても幸せなことだ。そうでない人は、向き合ってくれる人を見つけると言う点でハードルが高いが、主張と妥協を学び、自分の才能と欠点を許容することを決断して、練習をしていけば手に入る領域だと私は思う(ある程度時間はかかるけれども)。

タイトルとURLをコピーしました