完璧を目指すと完璧になれない理由

強迫性障害

私自身は強迫性障害の臨床をしていることがあるので、完璧主義を話題にすることは多い方ではないかと予想する。個人的には、こだわりや没頭することはあまりないと思っていたが、周囲の評価はかなり違っていた。かなりの面倒くさがりだと自覚しているが、ハマったことには相当没頭しているとのことだ。長続きしない、飽きっぽい、全てが中途半端だと劣等感を抱いてきたので、あまり気づかなかったとも思う。

なぜ人は完璧を目指し、没頭するのか?もちろん、不完全より、完璧なほうがよいのは言うまでもない。いくつかの説明が可能だと思うので、紹介してみたい。まず、完璧を目指すということに、情緒安定効果があるということが挙げられる。目標設定をし、それを目指している間は、不安や虚無感を抱かずに済む。さらには、成果も得られるのだから、この効果は高いと言えるだろう。もう一つは、人間は「あともう少しだけ」欲しがるということだ。完璧な成果を手に入れられると、もう少し頑張れば、もっとよくなるかもと考える。つまり、完璧もすぐに慣れてしまうので、より精度の高い完璧が欲しくなるということだ。こうなってくると、徐々に不安や焦りが勝るようになり、幸福度は下がっていくことになる。

病的な完璧主義は、手を止めることができないし、もっと完璧を目指したくなり、さらにはこれまで築いてきたものが劣化していく、または手放すことが恐怖となる。周囲から見たら、辛いならやめれば良いと簡単に言えてしまうのだが、本人からすると、命を絶たれるかのような危機感、絶命感が沸き起こるため、やめられない。このような状態になると、もはや自力では制御が効かず、何のために完璧を目指しているかがわからなくもなってくる。

ではどうしたらよいか?まず1つ目は、完璧を追求せずに成功者、幸福な人となっている人がいる現実を知ることだ。完璧主義には副作用がある。自分に批判的になり、他者の不完全さに苛立ちを抱くことが増えるので、結果的に人生のコントロール度は低下する。能力を高めることは必要なのだが、ある程度力を抜いて、能力を高め、研鑽を積むという、限界設定が求められる。そして、限界設定すると、効率、能力、創造性、対人関係の質が向上する経験が可能になる。この時点で、力の抜けた完璧主義を身につけることができるというわけだ。

ともすると、力を抜くことに完璧主義的になったり、まったく努力をしなくなってしまうパターンもあり、自分に合ったさじ還元が必要でもある。手を止めると、無能感、無力感、虚無感が湧き出てくるので、これをきちんと感じられるようになることも、同様に大切。これに関しては、また別の記事で書いてみたいと思う。

タイトルとURLをコピーしました