自己主張ができるようになりたい

愛着・心理発達

カウンセリンの中で、他人に気を遣ってしまい自己主張ができないという悩みを聞くことがある。精神科では社交不安症と呼ばれたり、最近ではHSPという言葉に置き換えられるだろうか。今回は、自己主張の難しさについて、いくつかの切り口で説明してみたい。

HSPに関する書籍を見ると、特性的に感受性が強く、想像力が高いことが、他人を意識しすぎてしまうのだと説明されている(ように思う)。逆に、直接的な批判を受けても動じず、さらには気づかない強靭さを持った人は存在する。HSPは精神医学的には賛否両論があるが、自己理解を深め、自分にあった対人関係スタイルを身につけ、必要以上に無理をしないきっかけになるなら良いことだと思う。

対人恐怖という言葉が日本では、古くから使われている。自分に注意が向きやすい(喋り方、立ち振る舞いが適切か考える、緊張や辛い感覚に囚われやすい)ことをヒポコンドリー気質と呼ぶ。自分を本来よりもよく見せよう、よくあるべきだという考え方も、対人緊張を強めるとされる。逆に言えば、準備不足や無知を恥と思わず、開き直れる人は緊張しないかもしれない。いい加減な人が成功するとは言わないが、逆にその方が、失敗を経て成長し、成功に至りやすいという考え方もある。

もう一つの考え方は、100%幻想という考え方だ。話の聞き手、相手が、100%受容してくれないことに耐え難く、どうしてもそれを求めてしまう心性を言う。実際の対話の中でどのようにこの考え方が展開されるのだろうか?よくあるのは、対人関係の評価が、相手が快く受け入れてくれるか?、完全な拒絶か?という2極になることだ。実際には、他人の理解を勝ち得るのは難しいことで、時間と試行錯誤が必要になる。この現実が体感として分からないと、ちょっとした誤解や不一致が拒絶に見えてしまう。受容された経験が少ないと、このような心性を抱きやすいと言われている。

いずれにしても、自己主張は自己開示と拒絶の負担とリスクが必要であり、少しずつ負荷に耐えられるようになることが重要だと思う。少なかず生じる拒絶はマイルドな方が初心者には良い。練習相手を選ぶことも必要な課題だ(慣れる前に潰れてしまっては意味がない)。自己主張に慣れていない、または全くそういった習慣がない人の中には、自分の意見がわからない人もいる。この場合には、自分の好き、嫌いを引き出してくれる、なるべく優しい人と、話を続けていくと良い。途方にくれたり、無意味に思えるかもしれないが、続けていけば必ず変化は訪れる。

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