愛着障害の克服方法

愛着・心理発達

近年、愛着障害という言葉がよく聞かれるようになってきた。岡田隆司先生が多く書籍を出されたことや、ハーマンが提唱した複雑性PTSDに加え、HSP、アダルトチルドレンなどが、YouTubeやSNS経由で発信されていることもあるのかもしれない。私自身、興味を持ち始めて、ずいぶん書籍を読み漁ったが、概念や用語がどうも難解で、理解が難しいと感じてきた(勉強会をつくり、共同で学んでもいる)。これまでにもブログで記事を書いているが、愛着障害の克服に必要な事柄についての見解を、今回は記してみようと思う。

愛着障害とは、そもそも何なのか?愛着障害は、後天的なもので、対人関係で生じる問題だ。症状としては、うつ病、不安障害、対人関係の不和として表出される。もう少し細かく見てみると、ネガティブな感情がなかなか消化されない、嗜癖的、かつ刹那的な方法でネガティブな感情を処理しようとする(時に、強迫性障害、摂食障害、依存症、過度な練習などに表現される)、自分の話が苦手(結果的に感情の処理がうまくできない)、極端な人間関係(要求することで愛情を確かめる、親しい関係を持とうとしない)などが特徴になる。反応性愛着障害、脱抑制型対人交流障害という概念が子供には適用される。

愛着障害の治療とは、対人関係の中で完結する。先にも述べたように、関係性の問題だからだ。つまり、誰かといっしょにいると安心する、意識せず自分の話をする、いいことや悪いことを報告する、そうするなかで感情が落ち着く、だんだんもう一度やってみようかとか、新しい挑戦をしてみようかと思い始める、そしてその関係から離れ、戻ってくるという関係様式を愛着という。このような関係性を持って生育した場合、自分の事を話す習慣があり、人といると苦痛が減り、喜びが増えると思える。逆の場合、慢性的に感情が処理されず、抑うつや不安障害、場合によっては原因不明の身体症状として表出される(長期間、維持されているネガティブ感情は、心理的にだけでなく、免疫機構等にも影響を及ぼすと考えられている)。

対人関係は二極化することが多い。まず、他人の注目を得るために、最大のパフォーマンスや成果を提示したり(こういった努力は疲弊につながる)、要求に応えてもらうことで愛情を確認する激しいパターンがある。もう一方は、他者への期待を意識化に登らないように完全に排除し、依存欲求を悪として、自分を律する人もいる。簡単に言えば、人の脳は、誰かと話をして、理解されるという経験を経て、情緒を調整しているということだ。さまざまな理由で、それが損なわれることがある(関係への接近、分離がトリガーになる)。

もう少し細かく愛着障害を切り取ると、自分の心が言語化されていない特徴がある。フォナギー、ベイトマンらは、自分の心を見渡す力を意して、メンタライゼーションという言葉を提唱した。愛着障害(メンタライゼーションは境界性パーソナリティを対象としているが)においては、自分の心(思考、感情、自分の行動、その意図など)が言葉に置き換えられていないため、他者と心について話すことが困難になる。結果的に、望まない反応を他者から引き出してしまい、より感情調節は不全なままとなる。この治療方法では、治療者と共同で、心の中を言葉に置き換え、名前をつけていく作業であり、そうすることで、情緒が調節されたこと(苦痛が減る、嬉しいと感じる)を2者間で実感していく。

愛着障害においては、共感されたり、傾聴されることに、抵抗が生じることが多い。褒められても他人事のように感じたり、助言されても嘘っぽく聞こえたりする。そういったことを乗り越えていく必要があるのだが、共有できない→共有できるがしたくない→共有するか、しないか葛藤する→100%ではないが共有してよかったという経験をする→自己理解が進む、というプロセスを経て、上記に述べたような症状が軽減していくことが多いように思う。ある程度は、感情を言い当ててもらったり、葛藤を言葉にできるよう治療者に見本を示してもらい応答する、何かに取り組んで、うまくいった、いかないという思いを共有することも必要だろう。

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