困った人との関わり方

対人関係・愛着

カウンセリングでは、人間関係の問題を話し合うことが非常に多いのだが、その中に困った人との関わり方がテーマになることがある。困った人とは、人それぞれだと思うが、① 譲歩しない(話し合いが成立しない)、② 共感性がない(他者の感情を無視、軽視する)、③ 関係性に見合わない要求をしてくる(このような人と一緒にいると、罪悪感を抱くことが多い)を困った人と定義してみることにする。このようなことを提示してしまうと、自分自身も気をつけなくてはいけないと思うし、上から目線で人を判断しているようにも思えてしまうのだが、実際に困った人と関わるのにはなかなかの苦労がある。

①の譲歩してくれない人は、他者の視点を一切認めない人である。交渉しようと、自分の意見を言っても、最終的には相手の主張だけに終始する人なので、一緒にいると不公平感を常に感じることになる。自分の意見を主張すると、正論や質問攻めに合い、最終的にこちらが折れざるを得ない。話をしていると、相手が強気で自信があるので、こちらが間違っているのかと思えてきてしまう。そして、相手に合わせることで、感謝してくれたり、見返りを与えてくれることがなかったりもする。このような人と一緒にいると、自分がだんだんとなくなっていく。自分が空っぽになった時には、その関係から抜け出す、または対立するエネルギーも枯渇してしているかもしれない。

②の共感性がない人は、こちらが傷ついていたり、不愉快であることを伝えても、関心を示さない人だ。共感性とは、結局のところ想像力なのだ。苦しんでいる人を見て、自分の苦しみの記憶を元にその人の苦しみを想像する。共感性のある人は、苦しんでいる人を見ると、自分も苦しくなる。共感生がない人は、一切想像をしないか、自分にしか関心がないために、他者の感情を無視した行動が取れてしまうのだ。このような人たちにも、こちらの心情をわかりやすく、端的に伝えれば、要求に応じてくれる場合がある。それを伝えても、無視したり、正論や持論を展開して、交渉に応じない人とは、残念ながら親密になることはできない。

③の関係性に見合わないことを要求してくる人は、②とも重複するが、簡単に言えば甘えから抜けきれないのだと言える。基本的に、人間関係はgive and takeであり、常に与えすぎる、受け取りすぎるでは、関係は破綻する(または、どちらかが耐え続ける)。そして、時間、意見の共有、交渉、齟齬の修正などを繰り返して、信頼関係は構築される。このようなプロセスを飛ばして、親密な人に対してなせる要求をすることは、かなり図々しい人、遠慮のない人に見えるはずだ。厄介なことに、はっきりと要求する人は、周囲がそれに応じざるを得なかったり、カリスマ的であったり、ナルシスト的であったりするので、魅力的に見えたりもする。きまって、関係の始まりはドラマチックなのだが、段々と疲弊していき、悪者にされて関係を終えるということが少なくない。

このように書くと、困った人たちの批判になってしまうが、彼らには彼らなりの苦しみがあるのも事実だ。一方で、こちらも適度な距離感や防衛策がないと、精神の安定を保つのは極めて難しい。ある意味では、彼らは、私たちの自他境界線(自分と他人を別つ境界線のこと)を強める必要を教えてくれる人たちであり、私たちが自分の感情に責任を持つ(自分で自分を守る)ことに導いてくれる人たちでもあるかもしれない。

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