人に迷惑をかけてしまう

対人関係・愛着

カウンセリングの中で、「人に迷惑をかけしまうこと」に悩んでいる人は少なくない。その背景には、大きく分けると2つの理由があると思っている。実際に「迷惑がっている人がいる」場合と、具体的に迷惑だと言われてはいないが、「迷惑をかけているとしか思えない」場合だ。訴えは共通なのだが、微妙に異なるところがあるので、一緒に考えていただければと思う。

批判する人がいる→その人の批判に翻弄されている

批判する家族やパートナー、上司、友人などが実在し、非常に辛い場合、その人の感情(怒りや不安)と自分との感情が同化していると言える。つまり、怒られると怒れてきてしまう、不安になられると自分の不安になっていてたまれない状態である。相手の怒りや不安に触れると、自分の内側でも反応が起こるため、その場を収めようとしたり、機嫌を取ろうとしたり、逆に相手を黙らせるまで対決し続ける人がいる。人間関係の基本として、相手に合わせていたほうが衝突は起きにくい。相手の批判も飲み込んでしまったほうが、その場は平穏に収めることができる。つまり無力になっていたほうが生き延びられるということだ。このようなやり方が定着していくと、他者からの批判を検証するという心のフィルターを通らずに内側に入ってくる。実際には、批判が全て正しいとは限らず、批判者の怒りや不安はその人の反応に他ならない。私の心とあなたの心は全く別物であり、このような人と自分とを分ける境目を自他境界線という。これは、人間関係の中で、違う意見や見解に対して自己主張をすることで獲得される。例えば、大学に行けと薦める親と高卒で就職したい子がいるとする。両者とも、なぜ自分の価値観を受け入れないのかと思うはずだ。絶対に進学したほうが将来の選択肢が増えると親は思うし、子は興味のない大学での勉強をするよりは、自分の興味に時間を使ったほうが有益だと考える。両者とも、自分の意見は正しいと思っているし、相手の意見は間違っていると思っている。意見の対立を経て、双方の視点を理解するに至った親子は、このように思う。

「今の若い子は我々の世代とは違うようだ、それなりに本気で考えているようだから、今は見守るしかないか(親)」

「親もそれなりに苦労してきて、自分のためを思って言ってくれているところはあるようだ、でも、自分の人生は自分で決めて見たい、その上で親の意見を取り入れたい(子)」

このような結論に至った親子は非常に幸いだ。互いが違う心を持っていることを認識し始め、自分の立場を100%変えず、かと言って相手を100%拒絶もしていない。このような経験を経て、人は自分の心と他人の心が個別であることを学んでいく。この取り組みは、社会に出てからも、家族を持つようになってからも続いていく。つまり、関係を存続することができる人というのは、自分と他人の個別性を承認し、その中でやりくりできる人のこと言う。

批判されている気がする→他人の反応を解釈して、その解釈に翻弄されている

良かれと思ってした親切やコメントに対する反応が薄かったり、期待外れであったりすると、後から胸がモヤつき、繰り返し頭の中で考えてしまうことはないだろうか?自動的に相手の反応が批判的だと考えたり、自分が至らないと反省するかもしれない。しかし、その根拠を考えると、明確にはわからないことがある。それでも、確かに場違い感や的外れ感が続いていく。こういった場合、批判者は自分の内側にいる。痛烈な批判をしているのは自分なのだが、相手が批判しているようにしか感じられないということだ。元々、自分はうまくやれていない、期待に添えていないという感覚があり、その前提で人と関わっていないだろうか?このようであると、自分が場違いであることを、相手の表情を見て確認するようになる。そして、その確認が過剰になっていくと、ちょっとした違和感や対話の齟齬も気になるようになる。

全てではないが、HSPと呼ばれる人たちの中にも、このような傾向を持つ人がいる。実感としては、他人の気持ちを読み込みすぎてしまい、影響を受けすぎると体感している。しかし、心理的には自分は大丈夫なのかと過剰に相手の言動を観察し、結果的に疲弊してしまうと言うものだ。このように敏感さが、承認欲求と関連している実感を持っている人は少ないと思うが、自分が大丈夫であるかが不安で仕方なく、そのことで心が占められている状態を嗜癖的承認欲求と呼ぶことがある。自分が大丈夫だと思える根拠は、誰にでも必要なことだ。このような状態から脱却するには、他人は本当に自分と同じように考えているのかを検証する必要がある。これは大変に手間がかかることで、特に大人になったら、人はそんなに簡単に本音を語らない。だから、ある程度、関係を続けて、リスクを取って自己開示し、相手の自己開示を待たなくてはいけない。つまりそれは、親しくなるということだ。ただ、これを続けていくと、自分は他人に影響を与えない部分があり、自分とは全く違った見解を持っている他人の姿を知るタイミングがある。その時に、自分の世界が自分の内側だけで展開していたことが見えてくる。

このように、人と関わることが大切だと言われると鬱陶しく感じるかもしれない。だから、人が変わるタイミングとは、苦しくなった時、これ以上独力で耐えられない時であることが多い。

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