今回は、パーソナリティ障害の理論についてお話しします。パーソナリティ障害を理解する際には、診断基準だけではなく、その人の内面で何が起きているのかという心理学的理解が重要になります。今回は、Kernbergの対象関係論、Kohutの自己心理学、Fonagyの愛着・メンタライジング理論という三つの理論を中心に考えていきます。
境界性パーソナリティ障害(BPD)
境界性パーソナリティ障害には、いくつか特徴的な症状があります。
- 見捨てられることを避けようとする激しい努力
- 不安定で激しい対人関係
- 不安定な自己像や自己同一性
- 衝動性
- 自殺企図や自傷行為が繰り返される
- 感情の不安定さ
- 慢性的な空虚感
- 不適切で激しい怒り
- 強いストレスがかかった際に、一時的な妄想様観念や解離症状が出現する
パーソナリティ障害を理解する三つの理論
パーソナリティ障害を理解する上では、三つの代表的な理論があります。
- Kernbergによる対象関係論
- Kohutによる自己心理学
- Fonagyによる愛着・メンタライジング理論
これら三つは互いに対立する理論というよりも、異なる視点からパーソナリティ障害を理解しようとする理論として捉えることができます。
KernbergとBPD
Kernbergは、境界性パーソナリティ障害を理解する際に、防衛機制を重視しました。本人は否定的な自己像を受け入れることが難しく、その苦痛を抱え続けることができません。そのため、その苦痛を他者の中に見ようとする投影や投影同一視が生じます。治療では、このように分裂した自己を徐々に統合し、批判する自己と受け入れる自己を一つの自己として統合していくことを目標とします。
自己の脆弱性
次に、Kohutの自己心理学について見ていきます。Kohutが重視したのは、自己の脆弱性です。自己は、養育者から理解され、映し返される「ミラーリング」を通して形成されていきます。しかし、このミラーリングが十分に得られない場合には、自分が分からないという空虚感や、人とつながっている感覚が持てない孤独感が生じます。そのため、治療では共感的理解を通して自己を回復させていくことが重要になります。
メンタライジングの障害
Fonagyが重視したのは、愛着が活性化したときにメンタライジングが失われるという点です。
- 心的等価モード、「自分がそう思う」ということが、そのまま事実になります。そのため客観性を失い、感情の影響を考慮できなくなります。
- 目的論モード、見えるものだけを真実と考えるため、他者の意図や心の状態を想像することが難しくなります。
- プリテンドモード、感情を切り離し、失望、恥、罪悪感、期待、嫉妬といった感情を自覚しないようにしながら、表面的な話題だけを語るようになります。
MBTで行うこと
MBTでは、それぞれのメンタライジングの障害に応じた介入を行います。
心的等価モードでは、強い思い込みや決めつけが生じているため、「なぜそのように判断したのか」「その根拠は何だったのか」といった質問を通して、思考を振り返っていきます。
目的論モード、見える行動だけではなく、その背景にある相手の意図について一緒に考えていきます。
プリテンドモード、感情が切り離されているため、表情や言動から感情の動きを捉え、感情が動いた場面で話を止め、その体験を振り返っていきます。
おさらい
ここまでの内容を整理すると、パーソナリティ障害の理解は、
KernbergからKohut、そしてFonagyへ
という流れで発展してきました。
Kernbergは、自己と他者の統合を重視しました。
Kohutは、自己の凝集性を重視しました。
Fonagyは、メンタライジングと認識的信頼を重視しました。
この三つの視点は互いに排他的なものではなく、それぞれがパーソナリティ障害を理解するための重要な視点を提供しています。
自己愛性パーソナリティ障害(NPD)
次に、自己愛性パーソナリティ障害について見ていきます。
DSMでは、自己愛性パーソナリティ障害の特徴として、自己の重要性についての誇大的な感覚、限りない成功や権力、才能、美しさ、理想的な愛への空想、自分は特別で唯一無二であるという信念、過剰な賞賛を求めること、特権意識、他者を利用する対人関係、共感性の欠如、他者への嫉妬、あるいは他者が自分を嫉妬しているという考えなどが挙げられています。
Kohutの理
自己心理学を提唱したKohutは、自己愛そのものを病気とは考えませんでした。自己愛とは、傷ついた自己を守ろうとする努力であると考えています。十分に理解されず、失敗や脆弱さを受け止めてもらえなかった経験によって、失敗への恐怖が生まれ、それに対する防衛として誇大的な自己が形成されます。そのため、治療の目標は、この誇大的自己を壊すことではなく、傷ついた自己を回復させながら、自己を統合していくことになります。
Kernbergの理解
一方でKernbergは、自己愛性パーソナリティ障害を誇大的自己として理解しました。その背景には、非常に脆弱で傷つきやすく、自信のない自己があります。その脆弱な自己を守るために、「自分は特別である」「周囲は自分を理解できない」「何者かでなければならない」といった誇大的自己による防衛が形成されます。しかし、このような防衛は周囲との関係を悪化させ、周囲から理解されなくなるという悪循環を生みます。その結果、さらに自己愛的防衛を強めざるを得なくなります。
誇大自己による防衛
誇大的自己では、
「私は特別である」
「私は優秀である」
「私は他人より上である」
「私は人を必要としない」
といった自己像が形成されます。
これに伴って、典型的な防衛として、相手を無能だと考える脱価値化、周囲が自分を嫉妬していると考える投影、自分の能力を理解できるはずがないという誇大化、本当に優秀な人だけが自分を理解できるという理想化などがみられます。
顕在型と潜在型
自己愛性パーソナリティには、大きく分けて顕在型と潜在型があります。顕在型では、「自分は優れている」という自己表象を保ち続けようとし、常に優秀な自分を維持しようと努力します。一方、潜在型では、「自分には価値がない」「何者かにならなければならない」という無価値感が中心にあります。一見すると両者は対照的ですが、どちらも自己価値の不安定さという共通した背景を持っています。
回復のプロセス
顕在型では、自分の内側にある無価値感に気づけるようになることが回復の目標になります。一方、潜在型では、他者との比較をやめ、自分自身の安心感や満足感を感じられるようになることが目標になります。
BPD・NPDの有病率
境界性パーソナリティ障害は、DSM-5-TRでは一般人口のおよそ1.6%とされています。一方、精神科外来では約10%を占めると報告されています。 自己愛性パーソナリティ障害は、DSM-5-TRでは一般人口の約1〜2%程度とされています。また、男性が60〜75%、女性が25〜40%と報告されています。
MBTによるBPDの理解
ここまで、Kernberg、Kohut、Fonagyという三つの理論について見てきました。ここでは、それらを踏まえてMBTが境界性パーソナリティ障害をどのように理解しているのかを整理します。
- MBTでは愛着と認識的信頼を重視します。人は安全な愛着関係の中で、他者の心を理解し、自分の心を振り返る力、つまりメンタライジングを発達させていきます。
- 境界性パーソナリティ障害では、このメンタライジングが常に失われているわけではありません。普段は十分に働いていても、強い感情や愛着不安が生じると、自分や他者の心を理解する力が急激に不安定になります。
- MBTでは、自分と相手の心について一緒に探索していくことを通して、感情調整が改善していくと考えます。その結果、対人関係の安定や自己理解の向上につながっていきます。
発達障害との重複
パーソナリティ障害を理解する際には、発達障害との重複についても考慮する必要があります。ASDと境界性パーソナリティ障害については、メタ分析において、境界性パーソナリティ障害患者のおよそ10〜20%がASDの診断基準を満たすことが報告されています。また、ADHDと境界性パーソナリティ障害では、およそ30〜40%前後がADHDを併存するとされています。自己愛性パーソナリティ障害については研究数が少ないものの、ASDでは長年の社会的失敗や慢性的な疎外感、劣等感への防衛として自己愛的防衛が形成される可能性が考えられています。ADHDとの関連についても研究はありますが、BPDほど十分な知見は蓄積されていません。
ハラスメント加害者の特徴
近年では、ハラスメント加害者の心理を理解する際に、Dark Triad(ダーク・トライアド)という概念が用いられることがあります。
- 自己愛性、「自分は優れている」という感覚が中心になります。
- サイコパシー、「誰が傷つこうが関係ない」という共感性の乏しさが特徴です。
- マキャベリアニズム、「人を操作して目的を達成したい」という傾向を指します。
もちろん、これらの特徴があるからといって、必ずしもハラスメントを行うわけではありません。しかし、ハラスメントの背景を理解する上では重要な視点になります。
自己愛とハラスメント
自己愛性パーソナリティでは、「自己愛傷害(Narcissistic Injury)」という概念が重要になります。
例えば、
- 批判された
- 否定された
- 面目を失った
- 権威を脅かされた
このような出来事によって、誇大的自己が傷つくと、強い怒りや攻撃性が生じることがあります。これがハラスメント行動の背景となる場合があります。
リスクを高める環境
ハラスメントは個人の問題だけではありません。組織環境によってもリスクは高まります。例えば、
- 権限が曖昧であること
- 高ストレス環境
- 人員不足
- 競争的な文化
- 不公平な評価制度
- 上司へのチェック機能が不十分であること
などは、ハラスメントを助長する環境要因として考えられます。



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