認識的信頼
私たちは普段、人からたくさんのことを学んでいます。
友人からの助言、先生の話、親からの教え、職場でのアドバイスなどです。しかし、実は人は誰の言うことでも素直に受け入れているわけではありません。
私たちは無意識のうちに、
「この人は信頼できるだろうか」
「この人は自分のことを分かろうとしてくれているだろうか」
を判断しています。
そして、
「この人の話は自分にとって大切なことかもしれない」
と感じた時に初めて、その情報を自分の中に取り込みます。
これをフォナギーらは「認識的信頼(Epistemic Trust)」と呼びました。
簡単に言えば、
「この人から学んでみよう」と思える心の状態
のことです。
人はまず「理解された」と感じる必要がある
赤ちゃんは、目を合わせてもらったり、名前を呼ばれたり、優しく話しかけられたりすることで、
「自分は見てもらえている」
と感じます。
すると、その相手から学ぶ準備が整います。
これは子どもだけではありません。
大人でも、
「この人は私のことを分かろうとしてくれている」
と感じると、その人の言葉を受け入れやすくなります。
反対に、
「どうせ分かってもらえない」
「この人は信用できない」
と感じると、どれほど正しい助言でも心に入りません。
人を信じられなくなるのは自然なこと
もしこれまでの人生で、
- 裏切られた
- 否定された
- 無視された
- 傷つけられた
という経験が繰り返されていたらどうでしょうか。
その人は次第に、
「人を信じると危険だ」
と学習するようになります。
これは弱さではありません。
むしろ、その環境の中で自分を守るために身につけた適応です。
ただ、その状態が続くと、
誰かが親切にしてくれても、
「何か裏があるのではないか」
と思ってしまいます。
褒められても、
「本心ではないだろう」
と感じてしまいます。
助言を受けても、
「自分には当てはまらない」
と思ってしまいます。
なぜ「分かっているのに変われない」のか
支援者や家族が、
「頭では分かっているのに変わらない」
と感じることがあります。
本人も、
「言っていることは分かる」
と言います。
しかし、理解することと、自分のものとして受け取ることは別です。
人を信じることが難しくなっている時には、
言葉の意味は理解できても、
その言葉を自分の人生に役立つ知識として取り込むことができません。
そのため、
「分かっているけど変われない」
という状態が生まれます。
治療や支援で本当に大切なこと
フォナギーらは、
人が変わるのは、誰かから正しい答えを教わったからではないと考えています。
まず必要なのは、
「この人の話なら聞いてみてもいいかもしれない」
と思える関係です。
そのような関係ができると、
少しずつ周囲の人から学べるようになります。
友人から学ぶ。
家族から学ぶ。
先生から学ぶ。
職場の人から学ぶ。
社会とのつながりの中で学び直せるようになるのです。
治療のゴールは「学べる状態」を取り戻すこと
この考え方では、
治療や支援の目的は、正しい考え方を教え込むことではありません。
そうではなく、
「再び人から学べる状態を取り戻すこと」
です。
人は、自分が理解され、尊重され、安全だと感じられた時に、再び学び始めます。
そして、その学びは治療室の中だけではなく、家族や友人、学校や職場といった日常生活の中で続いていきます。
フォナギーらは、人が回復するとは、「人を信じ、人から学ぶ力を取り戻すこと」だと考えているのです。
Fonagy et al. Borderline Personality Disorder and Emotion Dysregulation (2017) 4:9を要約したものです。


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