いつも苦しい関係を選んでしまう理由

対人関係

いつも同じような人と付き合い、同じ結末を迎える人がいる。結末とは、関係の破綻であったり、燃え尽きであったり、抑うつであったりする。これは、その人がどこかで身につけた役割を演じてしまうからかもしれない。そんな役割を演じたくはないと思っても、どうしてもそうなってしまう。外から見ていると、自分から破滅の道を選んでいるかのようにも見えてしまう。いつもの役割を演じやすい相手は、嫌なのだけれど、いつも通りの感覚を与えてくれもする。だから、いつも結末が同じになってしまうのだ。今回は、人が担ってしまいやすい苦しい役割についてお話ししてみたい。5つのパターンを紹介するが、アルコール依存者の家族が担いやすい役割だとされる。機能不全な家族でも起こりやすく、自分がどれに当てはまるかを考えてみるとよいかもしれない。

ヒーロー:優秀であり続け、他者の期待に応える。賞賛は大きな喜びとなるが、失望されることは恐怖になる。限界を超えた努力をしたり、過剰なまでの成果主義に徹するが、限界を表明することを嫌悪する。私が目をかけたと他人の成功で承認欲求を満たす人や、失敗や限界を表明できない完璧主義な人は、成功がとても大好きだ。だからこそ、ヒーローを演じるには適した相手といえる。

スケープゴート:家族やグループの憎まれ役になって、文句を言われたり、批判の対象になる。誰かを見下し、批判していないと、空虚な自分に耐えられない人と一緒になる。他人を責める暴力的な人を選ぶことで、弱者のポジションを取ることができる。本人からすると、いつかは理解を得ると思っていることもある。実際には、批判の対象にな離続けても、相手はより些細なことで怒るようになり、癇癪の沸点が低くなっていく。

ロストワン:気配を消して、とにかく目立たないようにする。自己主張や要求をしない代わりに、悩みや困りごとの解決を自己完結する生き方になる。過干渉な家族においても起こるが、自立や自由意志を過度に尊重する家族でもあり得る。自己主張を早期に無意味なものとして諦めた経緯がある。愛着軽視型とも表現できるかもしれない。

ケアテーカー:常に誰かの世話を焼き、尻拭いをする役割を担う。私がいるから、助けている人が破綻せずに済むと感じることで、承認欲求を満たす。他人を助けることで自分の世話をする余裕がなくなり、自分の生活は無頓着であったり、破綻している人もいる。自分よりも弱く、未熟な人を選ぶのは、世話をしやすい人の方がこの役割を担いやすいからかもしれない。

ピエロ:いつもおどけて、冗談を言い、馬鹿なふりをして家族内の緊張を緩和する役割を担う。周囲から見るとお調子者に映るが、本人は深い孤独を抱えている。お調子者を演じているうちに、自分が誰であるか、本心がどこにあるのかがわからなくなり、言いようのない虚無感を抱えながら笑っている人がいる。非常に悲観的な人や、厳格な人がもたらす緊張感を先回りして、その人の機嫌を取る。つまり、余裕がない人や自分の感情をコントロールできない人と一緒にいることで、ピエロの役割を果たすことができるとも言える。

これらの役割を手放すには、自分のパターンに気づくこと、少しずつ行動を変えていくことが必要になる。ただ、大きな違和感を伴うことにもなり、一時的に苦しくなったり、生きている感覚が失われることもある。1人でこの試練を乗り越えることは大変難しい。関係の問題は関係の中で解決されるからだ。上手に背中を押し、手放したいけれど手放し難いと言う葛藤を共有できる人に支えてもらうことで、前進しやすくなると思う。