当オフィスでは、Mentalization based treatment(MBT)の理念を用いながら、カウンセリングを行っています。MBTは、境界性パーソナリティ障害、愛着外傷を伴う方の治療法としてFonagy、Batemanらによって開発されました。精神疾患全般、または一般社会の中でも応用可能な理念であり、当オフィスでは心理療法の基本的スタンスとして捉えています。
多くの心理療法は、自分と他者の心の状態に気づくことに焦点を当てています。MBTも同様で、真新しい理念というよりは、心理療法の基本的理念を大事にしているということになります。自分の心に関心を持つことができる時というのは、自分に関心を向けてくれる誰かと対話があります。ただ、自分と他人の心は別のものですから、対話をし、見解を共有し、すり合わせをしていく必要があります。大切なおもちゃを壊してしまった子供がいるとしましょう。もし、周囲にいる親にゆとりがあれば、泣いている子供を見て、何かがあったんだなと思うはずです。ただ、泣きじゃくっている子供が何を思っているかはわからないのです。だから、「どうしたの?」と声をかけます。泣いている子供は、うまく言葉にすることができません。すると大人は、「ころんじゃったのかな?」と子供の心を想像して、言葉をかけます。もちろん転んだわけではありません。子供はこんなに悲しい気持ちが、大人に見えていない現実にも直面します。少しずつ、思いつく言葉を話し始めます。少しずつ、何かが壊れたらしい、大切な物の心配をしていることがわかっていきます。「何か壊れたの?」と聞いた時、子供はうなづき、やっと理解してもらえたと思うことでしょう。このようやりとりがあると、子供は自分の心を言葉にする力が養われ、大人にわかってもらえる形で表現ができるようになり、そうしているうちに落ち着いていき、助けてもらったり、助言をもらったりすることができるようになります。結果的に、自分と他人を信じることができるようになっていきます。自分が嬉しい時、信頼している人はわかってくれる、自分が悲しい時、そばにいる人は慰めてくれる、自分の内側に芽生える感情に戸惑うことなく、隠すことなくいることができるようになるのです。このような心を言語化する力を養うことができない境遇で育った方もいれば、ある程度は能力を有していたけれども、現在の環境、人間関係の中で失われてしまったという人もいます。周囲にいる人が関心を示してくれない、過剰な要求や理解を求めるために、自分の心に関心を向けられない状況が生じることがあります。
- 自分の判断を信じることが難しくなり、正しさ、成功、評価を過剰に追求するようになる。
- 自分の判断を疑わなくなり、他者の視点、例外を考慮することがなくなる。
- 他人の考えや感情を過剰に想像して、自分の心に関心を払わなくなる(結果的に燃え尽きや抑うつが生じる)
- 自分の内側にある感情を過剰に切り離す(周囲の人からは何を考えているのかわからない、または常に冷静でタフだと思われることもある)
誰もが大なり小なりは、このような状態になることがあると思います。これが過剰になると、非常に生きづらくなったり、対人関係の問題(夫婦関係、親子関係、職場での上下関係など)が大きくなっていきます。
MBTの中で行うこと
心理士との対話の中で、自分の心、周囲にいる人の心に何が起こっているかについて、話し合っていきます。どのような時に、過剰に自分や他人のことを考えてしまうのか、逆に考えられなくなってしまうのかを探究していきます。時々、心理士がお話を聞いてどのように感じたか、どのような心の状態で語っているように見えたかをお伝えしつつ、自分の見解との相違点についても話しあっていきます。このような中で、獲得される能力は以下のような事柄です。
- 自分の欲求、動機、意図がわかるようになる
- 自分と人の違いに気づき、人の評価や要求に振り回されないようになる
- さまざま視点から、自分、人を見れるようになる
- 自己評価や対人関係のパターンに気づき、少しづつ変えていく練習ができる
- 特定の人、近い関係に対して抱く考えや行動に気づき、自分にとって良いと思える行動を選択する練習ができる
愛着とは?
愛着とは、不安だったり、困った時に、誰かに助けを求める生物の欲求のことです。辛い時、困った時に、どう立ち振る舞うか、どう考えるかは、助けを求めた人との間に育まれた関係性が影響しています。愛着にはいくつかのパターンがあります。自分の愛着のパターンがわかると、近い距離になった対人関係での立ち振る舞いや、ストレスがかかった時の傾向を知ることができます。
- 安定型:情緒的に安定、自分を信じられる、他人を信じられる
- 不安型:他者の評価に敏感、自分を信じられない、他人を信じる
- 軽視型:自己完結に徹する、自分を信じる、他人を信じない
- 混乱型:人が近づくと混乱、解離が起こる、自分を信じられない、他人を信じられない
愛着安定型の人は、説明しないとわからない、相手の視点で考えないと伝わらないと考えています。相手が話を聞いてくれるというゆとりがあるので、ひとまず自分の見解を伝えます。相手が言い直すのを聞いて、「ああそういうことか」と理解します。見解の違いを説明し合うゆとりがあるのです。不安だったり、辛い時には、誰かに話をします。相手の反応を見て、自分の考えや判断が正しいとわかります。辛い時に、その話を聞いて辛そうな表情をしてもらうと、「自分はやっぱり辛いんだな」と思えるのです。このような経験の連続で、自分の視点を持つことに罪悪感や不安がなくなります。結果的に感情を抱えることができるようになります。さらに、自分の視点をもとに人の心理を想像して、相手の視点を聞き出すゆとりを持てます。ところが、様々な事情で、このようなやり取りを持てずに過ごされる方がいます。幼少期の頃からそうだった、または現在の人間関係がそうだという方もおられることでしょう。過去に戻ってやり直すことはできないと思うかもしれませんが、自分の気持ちや思いを言葉にする練習は、今からでも始めることができます。初めは、何を話したらよいのか検討がつかないかもしれません。MBTでは、治療者があなたのお話を聞いて、どんなことを考えたか、または感じたかを分かりやすくお伝えし、その内容を自分にぴったりくる表現に近づけていくためにお話をしていきます。そうすれば、自己理解が深まり、それを元に人の心を想像することも容易になり、情緒的に安定し、生きやすくなっていくのです。