当オフィスでは、従来の治療で改善しにくい強迫症について探究しています。通常の治療で症状が改善しにくい状態を、治療抵抗性という言葉で表現します。エビデンスが豊富にある認知行動療法は、実施、継続ができれば、症状の改善に至ることが多いと思います。一方で、非常に不安が強かったり、強迫観念が強固である場合には、認知行動療法の導入が極めて困難になることがあります。原因は様々であると思われますが、個人的な見解として、治療が難しくなる方には、特有の対人関係スタイルやストレスへの対処法があるように感じています。そこで、強迫症(OCD)と「愛着」「メンタライジング(心を読む力)」の関連についてまとめてみたいと思います(メンタラジングに関しては、こちらに詳しく書いてあります)。ここでは、洞察とメンタライジングを織り交ぜて使っていますが、概ね同じ意味として取り扱っています。
1. メンタライジング能力とOCDの重症度
メンタラジングとは、自分、他人の心を想像する力です。感情やストレスに大きな影響をうける能力で、その人ならではのメンタライジングのスタイルがあるものです。強迫症は重症化に伴い、対人関係の機会が減り、家族との距離感が縮まることが大変多いです。これにより、外部の人との対話が減り、より社会からの孤立と家族の密着を産むことになります。不安になる時に、人に過剰に頼ってしまう人(愛着不安)と、誰にも頼らず自己完結する(愛着回避)方とがいます。いずれも、自分、他人の心理を極端に想像したり、全く想像がつかないというメンタライジングの課題がよく起こります。
İnanç et al. (2018)の調査報告
- 71名の強迫症の方を対象に、RMET(Reading the Mind in the Eyes Test、他者の表情から心を読むテスト)とBABS(Brown Assessment of Beliefs Scale、どの程度強迫症を病的と捉えているか、BABS)を測定。
- 他者の表情から心を読む力が低い(RMETスコア)人の方が、強迫症の重症度、病識の乏しさがより顕著だった。
- このような人の方が、治療が困難化(治療抵抗性が高い)しやすい。
この研究から考えられることは、強迫症を持つ方がなんらかの対人関係の課題を抱えているかもしれないということです。強迫症が孤立や対立を促進することもありますが、それらが強迫症を強めているかもしれないとも言えます。病識とは、強迫症をどれくらい病気として認識しているか、つまり自分の考えや行動が本来的に必要ではなく、逸脱していると客観的に見れているかということです。この病識が低ければ、強迫観念、強迫行為を変えていく必要性を感じないということになります。当然、治療の結果に大きく影響することになるため、病識を持つことは治療上、とても大切なことなのです。
2. 愛着不安・回避とOCD症状の関連
愛着とは、その人が持つ対人関係、感情の対処のパターンを示すものです。愛着とは、幼少期から蓄積された関係とストレス対処の記憶が、その人の行動を決定するという考え方です。この特性上、近い関係やストレスがかかった時、自然に再生され、気付きにくく、変えにくい側面があります。もちろん、少しずつ、これまでとは違った方法を試し、新たな学習をしてくことは可能です。この特性が、強迫症の発症、維持に関連しているのではないかと考え、注目しているところです。
Luyten, Fonagy et al. (2020)の調査報告
- 20以上の論文を網羅したメタ分析で、不安型・回避型を含む不安定愛着を持つ人の方が、重い強迫症の症状を持つ傾向にあった。
- 効果量 (Hedges’ g)は、愛着不安 × OCD症状 = 0.69、愛着回避 × OCD症状=0.47だった。
- 愛着不安、愛着回避のどちらも、強迫症の重症度の関連が中程度あると考えられる。
愛着不安がある人は、他者の評価への敏感さが症状に関連するかもしれません。ですので、叱責や社会からの追求を恐れる加害強迫、神罰恐怖などが関連しているように思います。また、愛着回避をある方は、元々が人に頼らない、自分の努力に依存する傾向がありますので、完璧主義、しっくり感の追求をしやすいように感じます。いずれにしても、愛着(ストレスや不安への向き合い方)は、強迫症の発症、維持になんらかの関連があると考えて良いように思います。
3. トラウマ
強迫症の背景に、幼少期のトラウマ(発達性トラウマ、複雑性PTSDとも表現できるかもしれない)が関連していることがあります。トラウマは、その人の不安を高めますし、トラウマに関連した記憶(フラッシュバック)は苦痛を伴います。このような心の反応を、誰にも話さず一人で対処したり、辛い感情を感じないように心の操作をしたりする人がいます。科学的に立証できるわけではありませんが、この辛い記憶や感覚を自己処理することが過剰になり、強迫症となっているように思える方が少なくありません。
Van Leeuwen et al. (2009)の調査報告
- 幼少期トラウマ経験は、愛着を不安定にする
- 不安定な愛着はメンタライジング能力を低下させる
- メンタライジングの低下が、その結果OCD傾向(強迫思考・行動)が強まることを示した。
4. 不安定愛着が形成する強迫的認知バイアス
Hodny et al. (2021)の調査報告
- 不安型愛着がOCD症状と強く結びつく
- 回避型愛着も一定の関連を示す
- 他者との深い関係回避が、情報共有不足や支援要請の抑制につながり、結果的に症状の維持因子となる可能性がある。
- 愛着不安定から、責任感過大、完璧主義、思考をコントロールしなければ自己価値が損なわれるといった信念構造を生み、強迫的行動を誘発・維持する。
- 愛着不安が強い人ほど、標準的CBTやERP(曝露反応妨害法)の反応が鈍く、治療中の不安定なりやすく、再発リスクを高める示唆がある。
これらの知見を踏まえると、愛着に関連したメンタライジング能力の回復は、治療の開始、経過、予後に影響すると考えられます。私の経験でも、強迫観念、強迫行為の内容、症状に対する姿勢や考え方の共有量が多い方が、治療はしやすく、結果が良好であるように感じています。
5. 強迫症におけるメンタライジング力の測定
心理学(精神医学も含む)では、対象となる人の心の状態を質問紙やインタビューで測定をします。ここでは、強迫症の方の洞察力(メンタライジング力)を測定する質問紙について触れたいと思います。強迫症は不安が強く、普段は強迫観念、強迫行為についてが思考を独占してしまうため、それ以外の部分の洞察をあまりしなくなっていく傾向があります。そして、もともとこの洞察をあまり活用することがなかった方もいます。いずれにしても、強迫症と自分を様々な角度から眺める力は大いに影響し合うというのが、私の考えです。
Kullgård et al. (2013)の調査報告
- 強迫症の自分の心の洞察を測定する「OCD-Specific Reflective Functioning」というアンケートを開発した
- 強迫症と診断された成人患者約40名を対象
- 愛着を判定する面接(成人愛着面接)を実施、語られた内容から「自己・他者の心を想像し言語化する能力」を評価
- OCD-SRFで、「自分の強迫症状や儀式的行動を内省・心的背景を想像する能力」評価
- 症状重症度をYale-Brown Obsessive Compulsive Scale(Y-BOCS、強迫症の症状評価でよくつ使われる)で評価
- 洞察のスコア:強迫症でない人と比べ有意に低い
- OCD-SRFスコア:やや低い
- Y-BOCS重症度:洞察低下と高重症度が相関
- 一般RFとY-BOCS:負の相関(r=−0.40)
- OCD-SRFと Y-BOCS:やや強い負の相関(r=−0.50)
結果から考えられること
まず、強迫症は内省する力が低下しやすい特徴があるということです。精神疾患全般に言えることではありますが、特に不安が強くなりやすい強迫症においては顕著であると言えます。そして、認知行動療法、曝露反応妨害法に加え、洞察の練習(なぜ儀式を止められると思えないのかなど)を行うことが治療の円滑化に貢献するかもしれないということです。私は、治療には準備期がある程度必要になると考えていますが、この準備期には、強迫症の理解を深めることに加え、洞察力の向上、つまりメンタライジングを高める練習が有用であると経験的に思います。海外にも、同じように考える支援者や臨床家がおり、恐らく今後より研究が積み重ねられていくのではないかと期待しています。
文献
- İnanç, L., Esmeray, G., & Güntekin, B. (2018). Are mentalizing abilities and insight related to the severity of obsessive–compulsive disorder?BMC Psychiatry, 18:201.doi:10.1186/s12888-018-1783-1
- Luyten, P., Fonagy, P., Lowyck, B., & Vermote, R. (2020). Attachment in obsessive–compulsive disorder: A meta‐analysis.Journal of Anxiety Disorders, 72, 102202.doi:10.1016/j.janxdis.2020.102202
- Bailer, J., Witthöft, M., Fehm, L., & Miller, R. (2022). A meta-analysis of mentalizing in anxiety disorders, obsessive–compulsive disorder and post-traumatic stress disorder.Clinical Psychology Review, 96, 102169.doi:10.1016/j.cpr.2022.102169
- van Leeuwen, W. A., van Hal, G., & van Nie, M. H. (2009). Childhood trauma, mentalization and obsessive–compulsive symptoms in a non-clinical sample.Psychopathology, 42(3), 258–263.doi:10.1159/000216868
- Hodny, T., Richter, J., & Benyamini, Y. (2021). Attachment in patients with an obsessive–compulsive disorder: A narrative review.Neuro Endocrinology Letters, 42(5), 283–291.no DOI available
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