最近、子供の支援に関わることが増えてきたこともあり、子ども向けMBT(メンタライジングに基づく療法)と成人向けMBTの違い、および子どもの言語化能力、発達障害を考慮したアプローチについて、まとめてみました。MBTは、愛着理論を基盤とした心理療法です。愛着については、こちらをご覧ください。
MBTの目的と基本的枠組み(成人版との共通点)
- メンタライジング(心を想像する力)の強化
- 自分や他者の「思考・感情・意図」の想像を促し、誤解や衝突を減らす。
- 自己と他者を区別しつつ、複雑な内面を理解していく能力を育む。
- 関わる人の姿勢
- 「好奇心をもって問い返す(not knowing stance)」を保つ。
- すべての発言や行動を「メンタライジングの視点」で捉えていく。
- 批判や指示ではなく、共に「なぜそう感じたのか?」を探究する姿勢を維持する。
成人版MBT(MBT-A)も上記を骨子としており、週1~2回の個人セッション(場合によっては集団形式)で進行します。一方、子ども向けMBT(以下「MBT-C」)では、発達段階に即した工夫を追加的に取り入れます。
子ども版MBT(MBT-C)の特徴と成人版との主な違い
1 セッションの構造と導入素材
- 遊びや図・絵カードの活用
- 成人の場合は言葉だけでメンタライジングを行うことが中心ですが、子どもはまだ抽象的な言語化が未成熟のため、おもちゃ、人形、絵カード、ボードゲームなどを使いながら「相手が今どう感じているか?」を視覚化・具体化していきます。
- 例:ぬいぐるみを登場人物に見立て、ぬいぐるみ同士のやり取りを通して「どうしてこの子はこんな顔をしているの?」と問いかけ、言語化をサポートをします。
- 短時間・高頻度セッション
- 子どもは集中時間が短いため、成人向けの50分枠をそのまま適用すると飽きや疲れで脱線しやすいため、20~30分程度の個別セッションを複数回行ったり、1セッション内で「プレイ→振り返り→簡単な宿題」という構成を工夫したりします。
- たとえば「10分間のゲーム遊び → 10分間の感情ワーク(“今の遊びでどんな気持ちだった?”) → 10分間の振り返り」という流れを組むイメージです。
2 親・養育者の積極的関与
- 親子同席あるいは親トレーニングの併用
- 成人MBTではクライエント本人のみがセッションに来るケースが多いですが、MBT-Cでは親(あるいは大人の養育者)を同席させて、子どもの心を想像する役割を担ってもらいます。
- 親自体が子どもの気持ちを想像し、適切な問いかけや共感的な応答を学び、家庭内でもメンタライジングを意識してもらう。
- 例:子どもが癇癪を起こした際、親が「今は嫌な気持ちなんだね」と代わりに言葉にしてあげる練習を家庭で繰り返します。
- 家庭課題としての「メンタライジング練習」
- 毎日お風呂の時間に、その日の出来事を「自分がどう感じたか」「友だちはどう感じたか」を親子で振り返るワークを宿題として出し、親子で実行します。
- 親には「子どもの話を否定せず、まずは感情を言い当てる → 次にその背景を一緒に考える」という流れをトレーニングします。
3 発達段階に応じた言語化サポート
- 年齢相応の言葉とペースで語りかける
- 幼児~小学生低学年:
- 「悲しい」「うれしい」といった一次感情の語彙をまず共有し、絵カードや感情の顔のイラストを使って「今こんな顔に見えるね?」と具体的に示します。
- 例:「○○くんが絵を取られたとき、どんな顔に見えたかな? 目がちょっと下がってるよね? もしかして悲しかった?」
- 小学生中高学年:
- 二次感情(失望・不安・恥ずかしさなど)にも触れつつ、自分 vs 他者の気持ちの違いを意識できるように促します。
- 例:「Aちゃんが怒っているのは、“叱られるんじゃないか”という不安からかもしれないね。どう思う?」
- 思春期前後:
- より抽象的な「相手の視点」「他者の態度と自分の気持ちの関係」について話し合います。
- 例:「クラスで浮いていると感じるとき、何かされたというよりも、“みんなが自分をどう思っているか”が気になっているんじゃない?」と問いかけます。
- 幼児~小学生低学年:
4 発達障害(ASD、ADHD など)への配慮
- 自閉スペクトラム症(ASD)の場合
- 一般にASDの子どもは「暗示的・間接的な言い方」がわかりにくいため、できるだけ具体的かつシンプルな言葉で「いま何を考えているのか」「どう感じているのか」を問いかけます。
- 視覚的支援(ビジュアルサポート)を積極的に利用します。
- 例:気持ちを表すピクチャーカード(喜び、悲しみ、怒り、不安などの表情イラスト)を提示し、「今どれが近い?」と選ばせます。
- ストーリーボード形式で「ある状況→自分の気持ち→相手の気持ち」の流れを書き出していきます。
- 注意欠如・多動性障害(ADHD)の場合
- セッションで長時間座って話すのが難しいため、短いワークを区切って繰り返す、**身体を動かしながら気持ちを確認する(例:ビーンバッグを投げ合いながら「いまどんな気持ち?」)**など、ワークを多様にします。
- インセンティブ(報酬)を導入し、小さな進捗にもポジティブフィードバックを与えます。
5 言葉かけと問いかけの工夫
- 成人の対話では「わからないときどう思った?」と開かれた質問をするが、子ども版では選択肢を提示する
- 例:「悲しい? それとも腹が立った? どっちが近い?」と二択、三択で選ばせ、言語化をサポートします。
- 同じ質問でも「もう一度教えてくれる?」「さっきと同じ感じかな?」と、何度か形を変えて確認し、言語化を定着させます。
- 肯定的フィードバックを重視する
- 児童期は自己評価が不安定なため、「こういう言葉で言ってくれてありがとう」「よく考えたね」と必ず肯定的に承認します。
- 否定や批判は避け、まずは言葉に挑戦したことをほめます。
言語化能力が未熟な子どもへの具体的工夫例
- 感情ホイールの活用
- 基本感情(喜び、悲しみ、怒り、不安、驚き、嫌悪など)をホイール状に配置します。
- セッションの冒頭に「今の気持ちをホイールから選んでみよう」とビジュアル的に尋ねます。
- ロールプレイ(ミニドラマ)
- 短いキャラクター設定を行い、大人と子どもが順番に「もし○○くんがAちゃんのプリントを忘れたらどう思う?」という会話をします。
- 途中で立ち止まり、「このときAちゃんの気持ちはどうかな?」と振り返らせ、複数の視点を体験させます。
- 感情日記
- 毎日1ページ、状況→自分の気持ち(顔の絵)→相手の気持ち(矢印でつなぐ)→「次はどうしたい?」を子どもに描かせます。
- 文字を書くのが難しい場合は、イラストとキーワード(「うれしい」「くやしい」など)だけでもよいとし、言語化の負担を下げます。
- 親子間のロールプレイ
- 例:「お母さんが今日遅くなって心配だったよね?」と親がカードを使って問いかけ、子どもが返答します。
- 親にも「このときお母さんはどんな気持ちかな?」と逆に問いかけることで、親子間の相互メンタライジングを強化します。
発達障害を伴う子どもへの追加的配慮
1 ASD(自閉スペクトラム症)特性への対応
- 抽象度を下げる
- 文字情報のみ・口頭のみではなく、イラスト、写真、映像などを活用して「相手の表情や状況」を多感覚で提示します。
- 例:実際の写真や動画クリップを見て、「この人は何を考えているかな?」と具体的に質問します。
- 予測可能性を高める
- セッション開始時に「今日はこんな順番で進めるよ」と1枚のボードに書いて見せます。
- 事前に「もうすぐ終わりだからね」とタイマーを使って伝え、時間的な区切りがわかりやすいように工夫します。
- 過剰刺激を避ける
- 大きな声や急な照明の点滅、物の多い部屋配置を避け、落ち着いた環境を整えます。
- 音響の反響を防ぐためにカーペットや吸音パネルを置き、周囲の雑音を抑えた部屋で実施します。
- 感覚ニーズへの配慮
- セッション中に手先を動かしたり、軽く体を動かしたりできるよう、クッションや感覚玩具(ストレスボール、触感マットなど)を用意します。
2 ADHD(注意欠如・多動性障害)特性への対応
- 短い指示とチャンキング
- 一度に長い説明をせず、「まず○○を教えてね → 次に□□を考えてみよう」というように、一つずつ小さなステップで進めます。
- タスクを「書く」「話す」「絵を描く」など、複数のモダリティ(視覚・聴覚・身体動作)に分けることも有効です。
- 身体を動かす工夫
- 座って話すだけでなく、椅子の上で軽く揺れるバランスボール、スモールハードルを踏みながら感情を言うなど、身体とセットでメンタライジングを行います。
- 静かにしていないといけない枠を緩め、少し動きながらでも「心を読む」練習を取り入れます。
- 報酬システムの活用
- タイマーを使って「3分間だけ集中タイム → 1分間リラックスタイム」というサイクルを可視化し、うまくいったらシールやポイントを与えます。
- 「お手伝い+メンタライジングワークでポイントを貯め、週末に好きなアクティビティと交換する」など、モチベーション維持の仕組みを入れます。
成人版MBT(MBT-A)と子ども版MBT(MBT-C)の比較まとめ
観点 | MBT-A(成人) | MBT-C(子ども) |
---|---|---|
セッション時間 | 45~50分/週1~2回 | 20~30分/週1~3回(年齢や特性に応じ変動) |
使用素材 | 言葉・議論中心、時に映像や小道具も活用 | 絵カード、おもちゃ、人形、視覚教材(感情ホイールなど) |
支援者の問いかけ | 「どう思った?」など抽象的問いが中心 | 「どの絵が近い?」「今どれがいちばん強い?」など具体化 |
親の関与 | 必要に応じて家族セッションを行うものの選択的 | 原則として親子同席もしくは親向けトレーニングを実施 |
言語化サポート | 比較的高度な内省を促す(自己・他者の深層心理) | 発達段階に合わせ、一次~二次感情レベルまで段階的に育成 |
発達障害への対応 | オーソドックスな言語化訓練+集団MBTなど | ASD向けビジュアル支援、ADHD向け動作を伴う訓練など多様化 |
実際の導入ステップの一例(小学生低学年と中高学年に分けて)
1 小学低学年(6~8歳)向けの導入例
導入(5分)
- 大人:「今日は何色の気持ちがあるか、ホイールから選んでみよう」→ 感情ホイールを提示し、子どもに選ばせる。
遊び(10分)
- ぬいぐるみを使い、大人と子どもが順番に「ぬいぐるみがけんかした」短いミニロールプレイを行う。
- ぬいぐるみ同士のやり取りの例:「どうしてそんなに怒っているの?」などを使い、自然に気持ちを引き出す。
気持ちチェック(5分)
- 「子どもさんはどう思った?」「今、どんな色の気持ち?」と具体的に尋ねる。
- 言葉が出にくい場合は、絵カードで「悲しい」「くやしい」「びっくり」「うれしい」などから選ばせる。
振り返り・宿題(5分)
- ワークシートを渡し、「今日、お友達と○○したとき、どう思った?」を書かせるかイラスト化させる。
- 自宅では親と一緒に振り返ることを宿題として、「明日は友達が何を考えているか予想してみよう」と次回の目標を設定する。
2 小学中高学年(9~12歳)向けの導入例
導入(5分)
- 大人:「先週、学校でこんな場面があったよね? あのとき、Aさんの気持ちはどうだったと思う?」と既体験を具体的に取り上げる。
グループワーク(10~15分)
- 小人数(3~4人)でカードゲーム方式を用いる。
- シチュエーションカード例:「放課後、友達が宿題を忘れて怒っている」
- 本人・大人・他のお子さんが順番に「今、何を考えている?」「次にどう行動する?」と答える。
- 自分の答えを発表し、他者の答えを共有して「同じなのにどうして違った?」をディスカッションする。
個別振り返り(5分)
- 大人が「Aさんの立場で自分ならこう考える」→ 子どもに「じゃあ、本当にあなたはどう思う?」と深掘りする。
まとめ:子ども向けMBTのポイント
- 「目に見えない心」をできるだけ「見える化(視覚化)」し、言葉で取り上げやすくする。
- 短時間で集中できるよう、教材や遊びを組み合わせたセッション構成を工夫する。
- 親や養育者を積極的に巻き込み、家庭内でもメンタライジングの機会を継続的につくる。
- 発達障害の特性(ASD:視覚的支援、ADHD:身体動作を伴う気持ち確認など)をふまえた個別対応を行う。
- 言葉の抽象度は段階的に調整し、子どもの年齢や言語能力に応じたレベルでメンタライジングスキルを育む。
成人向けMBTと比較すると、子ども版MBTでは「視覚的教材の活用」「親の関与促進」「発達・特性に応じた言語化サポート」が最大の特徴となります。これらを組み合わせることで、子ども自身の感情認識や他者理解の力を、発達段階に応じて着実に育成できると考えられます。
文献
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