愛される方法

対人関係

あなたは、愛されたいと願っているだろうか?それとも、愛される期待を抱くとに苦しくなるだろうか?幸せな人とは、誰かと一緒にいても自然体でいられる、大切にされている実感がある、共感されていると思える人だろう。時に人はこのような愛を手に入れられないことに悩み、葛藤し、絶望する。人に尽くしたり、気を利かせたりする努力は惜しまないのに、心地よい受容を経験することがないとしたら、その理由はなんだろう?

心理学的な説明は実にたくさんある。その中の一つに100%幻想という言葉がある。受容してくれない人と過ごす期間が長いと、その人がいつかは変わってくれる、わかってくるはずだと考えていないとやっていられない。または、辛い日々を無償の愛で愛してくれる人との出会いを夢見て生き抜くということもある。結果的に、愛されている実感を得るために必死になってしまったり(見捨てられ不安)、相手がどこまで求めに答えてくれるか確かめていないと不安になる(試し行動)。

足りない愛を責め立てれば、当然相手は遠ざかっていく。試し行動が過剰になり、癖のように繰り返してしまう人もいる。この試し行動の背景には、自分が愛されるはずがないという自信のなさがある。拒絶は辛いから、見捨てられていない根拠を探す。そして、相手を疲弊させてしまう。すると、やっぱり自分は愛されないのだと確信してしまい、抑うつが代償として沸き起こる。愛される期待を完全に放棄し、自立と自己完結に徹する人もいる。二度と失望の苦々しさを経験せずに済むからだ。

これには、自分を愛する練習をしていく必要がある。依存せず(互いに疲弊しない)、突き放さない(関係を切らない)誰かに力を借りるのだ。試し行動や100%幻想に駆り立てられるときは、そうなっていることに気づかせてもらうとよい。人は元の状態に戻ろうとする性質を持っている。自分にとって害がある人、場所、状況であっても、慣れ親しんだところに戻ろうとする。自分を愛している人を見つけることもよい。胡散臭く見えたり、腹が立つこともあるだろうが、少しずつ真似てみるといい。

自分に優しく生きる、楽に生きることで、広がる世界があることに気づけた時、徐々に辛い生き方を手放すことができる。苦しい生き方を選んだ過去を悲しみ、痛めつけてきた自分を許すことができたら、少しずつ自由になれるはずだ。